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声優からナレーターへ「ヒッキー&ガンバルジャン」

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ヒッキー&ガンバルジャン【#3】

ガンバル・ジャンの【ジュニア☆頑張るじゃん!】
~でもやっぱりナレーター~ 
第1幕『飛び込みの章』

2010年1月14日 ナレーターメルマガ130号より転載

「追える夢があるだけいいじゃん」と言われ胸が締め付けられるようでした。
『違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…』


この物語は、大手声優事務所に所属するナレーター「ガンバル・ジャン」の”レ・ミゼラブル(ああ無情)”なストーリーである。同級生のなにげない一言「声、いいネ!」の褒め言葉をきっかけに、向こう見ずにも声業界に飛び込んでしまったガンバル・ジャン。彼の生き様は、まさにパン一つを盗んだがゆえに19年もの投獄生活を送ってしまった本家「レ・ミゼラブル」のジャン・ヴァルジャンも真っ青な人生であったー。

そうッ!養成所を生き抜き、晴れてプロ声優の仲間入りを果たした彼に待っていたものは、『ジュニア』と呼ばれる、新人ならば誰でも通らねばならない薄給で薄氷の世界ッ!声優を目指してから十数年。本来なら2年のはずの、ジュニア生活をなぜか…9年ッ!!だがッ!ガンバルジャンは生き抜いたッ。生き馬の目を抜く声優の世界でっ。光のあたらぬ舟底の重労働のようなジュニアの世界でっ。あがき続け…それでも今日まで、なんとか生き抜いたのだッ!

そして彼は今ッ!2008年のいまッ! ガンバルジャンは、ナレーターとして己の能力を最大限に生かしているッ。 だがなにゆえ、せっかく「ジュニアを9年も頑張るジャン」した彼が、ナレーターになったのか?その裏には、一人の孤独な求道者を翻弄する、北風と太陽のごとき人生の轍(わだち)が描かれていたのだった。



小さい頃からアニメが好きだった小中時代。やがてなるべくしてガンダム専攻のアニメ博士に。そして家から出ることが少なく、活動的でもない。授業で手をあげるなんてもっての他、人前で何かをやること、目立つことが大嫌い。厭世的な視線をもって毎回ぐじぐじと悩むアムロのような子供だったのです。
やがて私は高校生になり、周りの友達から「いい声だネ!」「歌うまいヨネ!」などと言われ出しました。普通に喋ってるだけなのにな…と最初は不思議だったのですが、ある日、はたと膝を打ったのでした。
僕は…私は声の”ニュータイプ”なのかもしれない!
そして心に決めたのです。『声優になれるかもジャン!』と。この日から私の旅は始まりました。そのときはまだ気の遠くなるような長い旅になるとは、夢にも思っていませんでした。



【ここでガンバルジャンから一言】
現場に出た今となっては、自分より声の良い人間なんて掃いて捨てるほどいるということ、また、声の良し悪しは一つの要因に過ぎないということを、身をもって実感することになりました。




さて、そんなこんなで結果、私は合計3つの養成所に通いました。
一つ目は誰でも入れるぜ的な所。たいした情報収集もせずに、愛読していた「アニメ雑誌にでかでかと広告が載ってるから」と言う理由でした。そこのパンフレットには有名声優の「遊園地で僕と握手!」と書いてありました。入ってみて即座に辞めました。本当に「握手」がしたいがために来るような人もいました…要するに、とても「声優になれるかもジャン」じゃなかったからです。

そこを辞めたあとは別の養成所を探しました。先の経験から、声優事務所付属の養成所にしました。レッスンのクオリティは前回とほぼ変わらずではありましたが…なんとか1年近く「頑張るジャン」できたのは、カリキュラム修了後に控える「所属審査」に惹かれていたからです。
子供っぽさが抜けきれない「教えてくん」のクラスメイトたちを見るにつけ心が折れそうになりましたが、経験者としてちょっとだけ手助けしてあげたりしました。ですが…卒業後の事務所のジュニア所属テストには「落ちてんジャン」してしまった。…ああ無情。辞めました。

一緒に馬鹿話をしていた同級生たちが、どんどん大人になっていくのを見るのがつらかった。「部長がどうの」「責任がどうの」と言っている時に、私は一人「明日のレッスンまでに”ういろう売り”を覚えなきゃ」学生のモラトリアム期間を懐かしむ友人たちに「追える夢があるだけいいじゃん」と言われた日には、胸が締め付けられるようでした。


『違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…』

そのころは毎日、ふがいなさと出口のなさにがっくりきていました。もっとクオリティの高い「環境」に身をおいておきたかった。はやく…はやくプロになりたい。つらくて苦しい…でも、でも諦めきれない。

そしてこれが最後と心に決め、大手声優事務所”パッポン・プラモデル”付属養成所で再チャレンジすることにしたのでした。そこは、なんと9年もの間「ジュニア☆頑張るジャン!」することになる、運命の場所になるのでした。 しかししょっぱなから”パッポン・プラ”養成所の人数の多さにがくぜんとしたのでした。人数が多いということは、それだけライバルが多いということになります。一度、別事務所のジュニア所属に失敗し、ここが最後と決めていた私にとっては、かなりのプレッシャーでした。



【ここでガンバルジャンから一言】
今になって考えてみると、結局、人数が多かろうが少なかろうが、自分がやる事は基本的には変わりません。人数が多い=色々な表現が聞けると言うこと。順番が回ってこないからと腐らず、聞きまくってください。仕事するようになっても、色々な表現を生で聞く機会はそうそうありません。



事務所付属の養成所にいる頃は、みんなライバルだとは言っても、同世代の同じ志を持つ仲間。基本的に話も合うので打ち解けやすい。したがって緊張感もなくなります。かくいう私も、ここへ来た本来の目的を二の次にし、可愛い子がいるとその子にメロメロ(死語)・・・といった養成所生活を2年間送りました。そちらは全滅でしたが、なにか?

業界大手と呼ばれるこの事務所。いやがうえにも期待は高まります。そしてここに入ってしまいさえすれば薔薇色の人生が送れるであろうという、最近、別のメルマガでも聞いた事のあるような状態を勝手に想像していたのですが…

次週、晴れてジュニアに上がることが出来たガン・バルジャン。もうすぐ手が届くかに見えた薔薇色の人生。しかしそこから本当の「ああ無情」な日々が待っていたとは・・・『違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…』

次回ガンバルジャンサイドは『とびばこの章』。

待て。しかして希望せよ!

(→次ページ第4話は再びヒッキーサイドの物語に戻ります)


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